「万人坑を知る旅」報告学習会2010/03/14

13:30~16:45 
於 弁天町市民学習センター 
  第2研修室

*「万人坑を知る旅」報告:
  野津 加代子 (約50分)
*李秉剛教授提供DVD
「日本の中国侵略 遼寧に
 残された“万人坑”」上映 
     (約50分)
※配布資料にて日本語キャプションあり)
                   
*中国人強制連行と日本の中国侵略の実態 報告:青木 茂 (約50分)

「大変有意義な話が沢山聞けてよかったです」「これだけ多くの万人坑があったとは!どれだけ多くの人が亡くなったのか!?侵略戦争の実態を知りました」等々の感想をいただいたものの、「いっぱい伝えたい!」という青木さんと同じ思いで、ちょっと一方的過ぎたような構成になってしまい、反省。。。
ともあれ、あれが青木さんも私もベストでした(^_^.)

ほとんど知られていない、「万人坑」や中国国内での強制連行、奴隷労働のこと、続けて伝えていきたいと思います。今日の学習会で、また企画があるなら行ってみたいという参加者も数名おられました。

現場に行ってみたら、訪れる先々で、間近に見る万人坑に横たわっている遺骨の群れが3Dの立体で大群で活き返り甦ってくるようなイメージが浮かんできた。

私にとって「万人坑を知る」ことは、知識では知っていた「強制連行」と一体のものだったんだ!!ということをずっしり、と実感したことだった。

 ~ 知れば変わる ~

とにかく現場に行ってみること、幸存者の話を聴きもっと具体的に知ること、万人坑の整備のサポートをすること(掃除したり?)等々、行動も変わっていくと思う。

【毎日新聞掲載記事】万人坑:旧満州「もう一つの強制連行」 歴史に光を、14日に報告会 /大阪2010/03/12

 
 今日の毎日新聞朝刊に
写真入りで「万人坑を知る旅」報告学習会について掲載されました。



* 中国遼寧省の鉱山にある
 万人坑。遺骨が残り、野津
 さんら旅行参加者が花束を
 たむけた。
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万人坑:旧満州「もう一つの強制連行」 歴史に光を、14日に報告会 /大阪

 大阪市の市民団体の女性が、中国侵略戦争の際に鉱山などで現地の人が酷使されて埋められた跡「万人坑(まんにんこう)」を知る旅を催し、報告会を14日午後1時半から、大阪市港区弁天1の弁天町市民学習センターで開く。中国人が日本国内に連れて来られ酷使されたことはよく知られているが、旧満州などでの「もう一つの強制連行」はほとんど知られておらず、「想像以上の被害規模だった」という。

 企画したのは、日本人戦犯を中国側が寛大に扱ったことなど元日本兵から聞き取っている「撫順(ぶじゅん)の奇蹟(きせき)を受け継ぐ会」関西支部代表の野津加代子さん(48)。遼寧政治経済学院の李秉剛(りへいごう)元教授が万人坑などを研究していることを知り、案内役になってもらった。

 旅行は昨年9月に実施し、野津さんら戦後世代3人を含め6人が遼寧省(旧満州)の炭鉱や鉄鉱などにある6カ所の万人坑を訪問。過酷な労働の後、栄養失調やけが、病気、虐待などで亡くなった人たちがまとまって埋め捨てにされており、おびただしい遺骨だったという。

 李元教授は「関心を示す人が少ない万人坑の悲痛な歴史の事実を日本人に知ってもらえてうれしい。今後も交流に尽くしたい」と話したという。

 資料代800円。野津さんは今年9月末にも別の万人坑旅行を計画中。問い合わせは竹本さん(090・8860・9961)。【大島秀利】

祝着至極!~万人坑を知る旅~2009/09/30

今日の正午、参加者全員元気で無事に関空へ帰着した。

出発前日まで最善の時間配分になるよう、旅程や宿泊地を変更、調整して、ばたばたしたけど、すべて相働きて益となり、全行程、お天気も守られすべての訪問先を見学、会うべき人たちに会え、すべてがパーフェクトな旅だった。

もうこれで今年は終わり!というくらい素晴らしい旅になった。きっとそうなる、と確信していたけど、、長く思い続けていた事を実現でき、本当に本当に嬉しい。

帰宅してしみじみしていたら、ふっと「祝着至極」の4文字が浮かんだ。この上なく嬉しく満足・・・、李先生は「満意」と表現されていた。

私の思いに応えてこの企画への協力を快諾し、計画の段階から、この道中も最初から最後まで。。あらゆる面で力を尽くして下さった李先生をはじめ、例により私の細かい注文に応え、共に旅程を検討してくれた北京の馬さん、次第に意気投合し打てば響いてくれた楽しい通訳ガイドの張さん、たいへんな長距離を笑顔で安全運転してくれた若い董さん、そして、追加料金を出してこの旅に参加してくれた皆さん、このどなたなくしても、この旅は実現しなかった。。。感謝の思いでいっぱいです。。。\(^o^)/

~万人坑を知る旅~ ⑤尊敬的 李秉剛老師!2009/09/29

李先生との出会いは1冊の本から。2007年訪中時、瀋陽の918紀念館の売店で差し出された『万人坑を知る―日本が中国を侵略した史跡』がきっかけだった。え!万人坑!?ぱらぱらめくって、おかしくなさそうな日本語。。撫順と出会った2000年からずっと頭のどこかで気になっていた万人坑にぐっと近づいた気がした。

そして、翌年の訪中時に瀋陽で先生と初めてお会いし、積年の思いを伝えると、「そういう事なら協力します」と快諾くださった。今年に入って、少しづつ旅程を詰めながら、今回の催行となった。

万人坑というマイナーなテーマに取り組んでこられた先生、また本の知識くらいしかない私だが、ずっと万人坑が気になりなんとかこの酷過ぎる事実をもっと知りたい、伝えたいという思いとの出会いの不思議さ。

先生が繰り返し言われたのは「日本人に中国の正しい歴史は知られていない。もっと日本人に本当の歴史事実を理解して欲しい。」

「日本人に万人坑等の悲痛な歴史の事実を、正しい歴史を知ってもらえたら私は嬉しい。」「この万人坑というほとんどの人が興味も関心も示さないテーマでも自分のようなわずかな中国人とわずかな日本人が協力すれば「力」になる。

ここで私が「受け継ぐ活動も小さいけれど、地の塩のような働きがあると思ってやっています」と言ったら、先生が間髪入れず、力を込めて

「(小さくみえるかもしれないが)やっていることは大きいことです!!(私たちは)意義のあることをやっている」と言われた。

それを聴いて、はっと目が醒めるような思いがした。そうなんだ!と。
受け継ぐ活動も万人坑を伝えることも小さなことではないのだと。李先生ご自身がそうした思いでずっと日本侵略の実態について取り組んでこられた重みのある言葉だった。一同、シーンとなりました。
人は触れたものに似るそうだ。やっぱりひとはひとに影響を受けるもの。
良きもの、良きひとに触れたいものだ。

李先生の今夜の言葉、やっていることは大きいこと!にすごく励まされた。

今回の旅の成功は先生の長年に亘る調査研究に基づく教授と、何より先生のお人柄によるところが大きかったと思う。温厚で穏やかながら熱く語りだしたら止まらない、、、あの~、、先生、私中国語わからないんですけど。。(^_^;) 日中友好を始めて、え、もう8年!今回本気で中国語を勉強しないと、と決意した旅でもありました。

先生は、「当時の炭坑労働者は人間の地獄18界のその下に扱われた酷さ。百聞は一見にしかず。自分の目で見る。だから来た方がいいです。これから万人坑の現場は少なくなっていく。これからも交流を続けて私は力を尽くします」と言って下さいました。
今後も先生と平和学習の旅等の企画を続けていく予定です。(^o^)丿

* 李秉剛教授『万人坑を知る―日本が中国を侵略した史跡』著者)
1948年生まれ。1975年遼寧大学歴史学部卒。中共遼寧省委党校教授。1980年『東北抗日連軍闘争史』の編集に参加。以来、東北地方史の研究に没頭。中国社会科学院中日歴史研究センターで「日本の中国東北地方労働者酷使の調査」の課題を主宰。
「中国の第二次世界大戦中の労働者」のホームページを主宰。
主著:「日本による中国侵略期間中の遼寧省の万人坑調査」「遼寧人民抗日闘争史」
近著に「日本の中国東北地方労働者酷使の調査研究」がある。

~万人坑を知る旅~ ⑤李教授を囲んで感謝の夕べ2009/09/29

李先生に感謝をこめて。。。

後できいたら、「どんな人が参加するんだろ・・」「行ってみて現在、はたして訪問先を見学できるんだろうか・・」「道路は工事してないだろうか・・」「現在の万人坑を見て、はたして参加者は満足するんだろうか・・」等など、先生もガイドさんも心配していたそうです。私も最初に考えていた旅程では時間がきつすぎて、出発前日までの変更調整で苦しい思いもした。

しかし!奇跡的にすべての事がスムーズで、渋滞も工事もなし、高速道路は私たちのバスだけが走る専用道路のようだった!?欲を言えばそれぞれの万人坑をもっとじっくり見学したかったけれど、1回目の今回はこれで良しとしたいと思う。

天気も良かった。炭坑周辺は足元の悪いところが多い。北票か本渓で泊まった晩にすごい雷雨だったけど、日中はどの日も秋晴れで快適だった。李先生は「皆さんが万人坑の参観をしているからですよ。」と言われた。先生も無事にこの旅が完了し、良かった、成功しましたね!という感じで瀋陽に戻ってからは笑顔がはじけて本当に嬉しそうで、安堵されていた。

夕べの締めくくりに、毎度おなじみの十八番、「更けゆく秋の夜~♪」を中国語でお母さんが歌い出しました。李先生はとても喜んで下さいました。

~万人坑を知る旅~ ⑤趙先生のご自宅訪問2009/09/29

午後は戦犯管理所元職員の趙毓英先生のご自宅を訪問。
昨年、訪中した際に、管理所まで来て下さった時に、「今から私の家に来ませんか」とお誘いを受けた。突然のことで、え~、先生、行きたいけど、この後予定があります。。。(T_T)、、、ということで、今回は訪中団ではないし、前もってお伺いする予定にしていました。私たち親子は親交が長いけど、他の皆さんはあまり面識もないし、どうしたものかなぁ、と思い前日に先生にお尋ねしてもらったら、「皆さんでどうぞ」との事だったので、その御言葉に甘えた次第。李先生とは面識ないしな~、とは私の思いこみでなんと、李先生は何度も趙先生から聞き取り調査等をされており、お知り合いだった!対面された際も「あら、李さん」という感じで李先生も尊敬する先輩女史に接されるような感じだった。繋がってました~。

ご自宅の近くに着くと、趙先生が迎えに降りて下さっていた。お変わりない穏やかな笑顔。ちなみに書家でもある先生は「笑石」という作家名をお持ちです。ご自宅では娘さんがかいがいしく、コーヒーをいれて下さって、一同和やかにおしゃべりしたり、お部屋を見せていただいたり、楽しい午後のひとときを過ごさせていただきました。

 * 趙毓英先生 
色彩がすばらしい!ご自身による水墨画も玄関や居間に飾られていました。

~万人坑を知る旅~ ⑤5日目:平頂山の万人坑と撫順戦犯管理所2009/09/29

午前:平頂山の万人坑(殉難同胞遺骨館)、露天鉱を見学。撫順戦犯管理所を訪問。
午後:管理所元職員、趙先生のご自宅訪問。夕方、瀋陽へ。918紀念館見学。
李教授を囲んで感謝の夕食会。この旅を振りかえり、
感想交換なども。

皆さんは平頂山へ。通訳ガイドの張さんが、平頂山の万人坑と紀念館は大きすぎ、きれいすぎて、これまで見てきたた万人坑、特に弓長領の捨て置かれたようなあの万人坑などに比べると差がありすぎ!もう少し均等に保存してそれぞれが多くの人に参観してもらえるよう、政府は考えるべき!と感想を話してくれた。

私たち親子は離団して、崔先生の新居へお邪魔した。1年ぶりの再会。近年、崔先生はお年を召されたな、と感じるけど、でもお会いしても写真で見ても、そのまなざしは泉が湧くように活き活きされ温かい。昨年は先生に「健康第一ですよ」と蜂蜜をいただいたので、今回は仕事で行った湯布院で見つけた生姜の蜂蜜漬けをお土産に蜂蜜返し!をさせていただきました。先生は笑っておられました。

その後、戦犯管理所で皆さんと合流し、新所長さんに挨拶。手紙を出していたので、所長さんから「のつさんですね?」と迎えて下さった。若くてやり手、人柄も良いときいてます。張継承、受け継ぐ会にふさわしい、この名前でなければ管理所への配属もなかったでしょう!(笑)とも。管理所職員の皆さんと一緒に昼食。楽しい (^O^)

* 撫順戦犯管理所 新所長 張継承さん 

☆瀋陽 泊 遼寧賓館(3つ星クラス)

~万人坑を知る旅~ ④質問&感想交換2009/09/28

李先生にいろいろ質問があり、青木さんも誘って、と。そうしたらみんな誘った方がいいな、と全員で李先生と夕食後に語らいのひとときを持ちました。静かなお店もないし、ロビーも騒がしいので、先生の部屋に集まって、一人一人に感想も述べてもらいました。

いつもは旅の最後の夕食時にこの感想交換をして、この旅を締めくくるんだけど、今回はこの夜にじっくりそれができて良かった。

先生も日本語で出版した本の間違いやアドバイスなどを求められ、「間違ってないけど表現のおかしい日本語が多いですね」「映像が浮かぶような写真や正確な地図が必要」等、率直な意見に感謝しておられました。

感想として、印象的だったのは「本当に多くの多くの民間人が殺されていたことを実感した。軍隊が人を殺したのではなくて、企業が人を殺した。軍隊や憲兵隊はその用心棒みたいなものだったんだなと思う。」

今回は6か所を参観したが、ともかく、万人坑というだけあって、甚大な量の遺骨が、つまり「殺された」人間が中国の大地に埋まっているという事実を体感した。

 * 煤都賓館
1920年代に旧炭鉱倶楽部として建てられたオールドホテル。旧撫順鉄道倶楽部、旧撫順大和旅館。非常に趣きのある西洋館。

~万人坑を知る旅~ ④本渓水洞2009/09/28

船に乗って本渓水洞を巡る。水洞も圧巻!だけど、その周辺の自然や庭園も素晴らしい景勝地。紅葉でも有名だとか。

万人坑参観ばかりでは暗すぎる、せっかく本渓に行くのだから、観光も楽しんでもらって、という李先生の配慮で午後は観光。

本渓水洞は世界最長の鍾乳洞。数100万年前に形成された大型石灰岩により形成されており、現在その長さは全長3,000メートルを有し、水の流れはいつまでも枯渇する事が無いと言われています。水底が見えるほどの水の美しさ。年間を通じて,12℃という洞内は、夏、ひんやり涼しく、冬、暖か、四季を問わず観賞できる。洞内は「三峡」、「七宮」「九宮」三つに分かれ、「九曲銀河」と名前をつけられ、天井から大きく下がる鐘乳石や床からタケノコのように堆積できる石筍など幻想な世界を繰り広げています。両岸100余ヶ所、様々な大自然の造形美は訪れる人を魅了します。

インディジョーンズの世界!寒いので入口でジャケット借りてボートに乗り込み往復50分。暗く深刻にもなった万人坑参観のこわばりも癒されるようなリフレッシュタイムでした。先生、ご配慮ありがとうございました!

~万人坑を知る旅~ ④本渓炭鉱の万人坑(紀念碑裏)2009/09/28



紀念碑の裏面の上部に刻まれていた文字。


意味は調べているところです。。。